『MISUNDERSTANDING!』2002.03.24

 

「あ」
 小さく聞こえた声に、捲簾は顔を上げた。
「どーした?」
「いえ、ちょっと……」
 そう言って天篷は、下界から持ち帰ってきた荷物の中をごそごそと探り始める。今回の遠征で持って帰ってきた物はいつもよりは数が少なく、すぐに全てに目を通し終えた天篷は顔を上げた。そしてまた、うーん、と小さく唸りながら考え込む。
「どーした?」
「いえ……捲簾」
 ソファーに座ってお茶を飲んでいた捲簾の向かいにきて座りながら、天篷は言う。
「ちょっと失くしモノしたんですけど」
「何?」
「これくらいの、白い箱知りませんか?」
 手で20cm四方くらいの大きさを描きながら聞く天篷は、真剣そのものだ。
「いや、見てねェけど?」
 記憶を巡らせても、そんなモノは見た記憶すらない。
「じゃあ下界に置いてきたんですかね……困りました」
「何が入ってたんだ?」
「―――――いえ」
 捲簾の問いには答えずに、天篷は勢いよく立ち上がる。
「ちょっと僕、今から取りに行ってきます。後の事、よろしくお願いしますね」
「……って、今からか!?」
「はい。じゃ」
 もう既にスタスタと歩き始めている天篷の腕を慌てて掴む。
「ンなに大事なモンだったのか?」
「ええ。ちょっと早急に必要なんです」
「って言ってもお前……」
 ふと、捲簾は重大な事を思い出した。
「お前、今から会議じゃなかったっけ?」
「………あ」
「“あ”、じゃねェよ」
「……そうでしたね……」
 今、捲簾と天篷は下界への遠征から帰ってきたところなのだ。それこそ、まだ荷物も片付けていないくらいに。
 そしてこれからあるのは、確実に天篷が出席しなければならない会議。軍の遠征の数や功績を元に、軍に下ろす予算を決めるという、非常に重要な会議。
「お前が出なかったら、出るのオレだぞ?」
「……予算は下りてこないという訳ですか」
 それは失礼だろう。誰にってオレに、と捲簾が渋い顔を作るが、天篷は完全に無視をして、また考え込んだ。
「困りました……」
「いつ要るんだ、それ」
「明日中です」
 今は昼を少し過ぎたくらいだろうか。時空移動には少し時間がかかり、今回行ってきた時空に行って帰ってくるには、最低でも丸一日かかるだろう。確かに、今行かないと明日には間に合わない。かと行って会議が終わってから出たのでは、間に合うかが微妙だ。
 眉間にシワを寄せて考え込む天篷を見かねて、捲簾は聞く。
「そんなに大事なモンなのか?」
「ええ。どーしても要るんです」
 しかも明日中に、と、天篷は強調する。
「……そーか」
「ええ」
 一つ溜息をついて、捲簾は言った。
「オレが取ってきてやろうか?」
「……えっ?」
「ホントなら、会議に出ンのもオレだったし」
 まあ、天篷の方が「貴方に任せてたら予算はナイですよ」と言って強引に出席しているのだが。会議自体が苦手な捲簾にとっては願ったり叶ったりである。
「……でも……」
 躊躇う天篷に、また溜息をついて捲簾は苦笑する。
「中身は見ねェって」
「そう……ですか?」
 先刻の様子からして、天篷は中身を知られたくないと感じ取った捲簾が苦笑混じりに言う。
 天篷は少し悩んでいたようだったが、この際しょうがないと判断したのだろう。にこっと微笑うと、捲簾の首に腕を回して抱きついた。
「じゃあお願いします。そういう所が好きですよ、捲簾」
「そう……?」
 捲簾も腕を回して、顎に手をかけて唇を重ね―――
「さ! こうしてる時間が勿体無いですね! 早く行ってきて下さい捲簾!!」
 重ねる直前、腕の中には誰もいなくて。
「……じゃ、行ってくるワ」
「いってらっしゃいv 好きですよ捲簾♪」
 こういう時じゃないとそんな可愛い事言ってくれないくせに……と、何か釈然としないものを感じながら、捲簾は時空移動をするために部屋を出た。
 
 
 
 
 
 
 
 
(―――――あれ?)
 今夜は町に着く事ができなかったため、野宿をする事になった。悟空と悟浄は薪を拾いに行き、自分は水を汲みにきた八戒は、誰かが野営をしていた後を見つけた。
(かなりの人数だったみたいですね)
 地面に開けられた穴の数や焚き火の多さから見て、数十人はここで野営をしていた様だ。確かに今いる場所は、川があって適度な広場もある。野宿をするのにはもってこいの場所だった。今から考えると八戒達もここで野宿をしてもよかった。
 屈んで焚き火の跡を調べる。暖かさは感じられないが、風や雨に晒された様子はない。
(3日から一日前って所ですかね)
 ここをここにいた人達が去ったのは。どちらにしろ、もうここにはいないようなので危険はないだろう。
 そう判断して立ち上がった八戒の視界の端に、白い物が写った。
「?」
 水を汲みにきたバケツを置いて、近寄る。
 数メートル離れた切り株の上に、白い箱が置かれてあった。
(なんでしょうか……)
 手に取ってみる。自然の森の中に置かれてあるには、余りにも異質な、真っ白い箱。余り重さはなく、そんなに重い物が入っている訳ではなさそうだが、箱だけの重さでもない。確実に、何か入っている。
(開けるのは危険でしょうかね)
 それに人が忘れていったかもしれないものを、勝手に開けるのもどうかと思う。かと言ってここは町ではないし、交番や村役場に届ける訳にも……と、八戒は悩む。
 本当に真っ白な、何の飾りもない箱だ。側面には、飾りも何の表記もない。
(大事な物だったら、落とされた方は困ってるかもしれませんね)
 次の町は、それなりに大きい町だった筈だ。落とし主がどこの誰かが分かれば、連絡ぐらい取れるかもしれない。
 迷った末、八戒は箱を開けてみる事にした。箱の蓋に手をかけ―――
「ちょっと」
「ッ!」
 いきなりかけられた声に驚いて、ビクッと肩を竦める。背後からかけられた声は、聞き覚えのない低い声。
「この辺にさァ、白い箱……」
「! それでしたら……」
 ここに、と言いながら、八戒が振り返る。
「お! それそ………、ッ!?」
 八戒の手元を見て声を上げた男は、それより更に驚いた声をあげた。
「おまっ……なんでココに!?」
「は?」
「“は?”じゃねェだろ!!」
 ガシッ、と、箱の上から八戒の手を握り、男は言う。
「会議はどーしたんだよ!? 予算取れねーぞ!?」
「はい???」
 混乱しながらも、八戒は男を観察する。
 見れば、自分や悟浄と同じくらいか、少し上くらいの年齢だろうか。真っ黒いコートの様な服を着ており、黒い髪と目をしていた。
「お前……先に見つけたワケ?」
 箱を目で示しながら、その男は言う。状況が解らないながらも、先に見つけたのは事実なので、コクコクと八戒は頷く。
「ええ、まあ……」
「……お前ねェ……」
 はぁ、と溜息をついて、男は八戒の手から手を離す。
「ンなにオレが信用できねェ?」
「はい……?」
「会議もそーだし……おつかいぐらい、ガキじゃねーんだから一人でイケるっての」
「あ、あの」
「あの猿じゃねェんだからよ」
「! 悟空の事ですか?」
「他に誰がいるんだよ」
 悟空の知り合いだろうか。それとも、会議がどうとか言っていたから、三蔵の方の知り合いかもしれない。
 少し俯いて考えていた八戒は、ふと、急に陰った日の光に顔を上げた。
 目の前に、先刻の男が立っていた。
「聞いてんの? お前」
「あ、すいません」
「……」
 大きな溜息をついた男は、次の瞬間、いきなり八戒を抱き締めた。
「ッ! 何するんですか!?」
「何って」
 決まってんだろ? と耳元で囁きながら、男は八戒の耳朶を舐め上げた。
「っふ……!!」
 ビクッ、と、八戒が体を震わせる。
「今日は素直なんだな……反省してんの?」
「何を……っ、やっ……」
 言われている事が理解できないながらも、律儀にも箱を落とさないように、潰さないように胸の前で抱えている八戒だったが、その腕からも力が抜ける。
「ホラ、大事なモンなんだろ? しっかり持ってろよ」
 嘲る様に言って笑ってから、男は八戒の首筋に指を這わせた。
「ッ!! やめっ……」
「ンとに素直だな」
 別人みてェ、と小さく呟いて、男は八戒から箱を取り上げた。
「これは没収」
「っえ……」
 元々拾った物なのだから、没収も何もないのだが。腕の中から消えた箱を追って、反射的に顔を上げる。
 ―――――と。
「っん! ふ……ッ、んう……!!」
 八戒の唇に、何かが下りてきた。驚いて固まっている間に、薄く開いていた唇に生暖かいモノが差し入れられる。
「……………………っ………ん……」
 キスされている、と気付いたのは、八戒の膝から力が抜けて、カクン、と座り込んだ後だった。
「お仕置き」
「……」
 はあっ、と荒い息をつく八戒を襲ってしまいそうな衝動を、男はぐっと堪える。
「先帰ってるからな。じっくり反省してから来いよ」
「って……何が……」
「じゃーな」
 まだ状況が飲み込めてない八戒を置いて、その男は―――――消えた。
「!?」
 八戒は地面に座り込んだまま呆然と、男が微かに発光しながら消えた辺りを見る。
「何だったんでしょうか……」
 知らず、唇に触れる。
 ―――――懐かしい感触がしたのは、気のせい?
「……」
 しばらくは立つ事もできず、八戒はただ、まだ熱い唇を押さえていた。
 
 
 
 
 
 
 
 
(つーか、マジで会議どうしたんだろうな)
 無駄に広い廊下を歩きながら、捲簾は考えていた。小脇には、先刻下界から拾ってきた白い箱。
(最初オレが出た時、予算が少ないっつってさんざ怒ったくせに)
 考えてみれば理不尽な話だ。
 ……そんなに大事な物が入っていたのだろうか? この箱は。
(―――おし)
 天篷が帰ってくる前に、開けて中身を見てやろう。そう意気込んで捲簾は、自室のドアを開け……
「捲簾」
「っえ!?」
 ソファーに座っていた白い人影が立ち上がる。
「よかった。今日中には戻ってこないかと思いましたよ」
「ってお前……何で……」
 にこやかに微笑む天篷に、捲簾は絶句する。
 あんな変装までしていたのだから、あれからすぐに天篷が帰ってきたとしても、自分よりは遅いはず。まあ、それを言うなら自分と同時に出た天篷が、あんな変装までして先に箱を見つけていたのも、今から考えればおかしな話だが……
「! それ!」
 目を輝かせて、天篷は捲簾に近寄る。目線の先には、捲簾の持っている白い箱。
「それです! よかった、あったんですね。……中、見てないですよね?」
 ぶんぶんと、勢いよく捲簾は首を振る。確かに、まだ見てない。
 それを見て苦笑しながら、天篷は箱を受け取る。
「まあ、見てもかまわなかったんですけどね」
 そう言って天篷は、箱を開けた。
 中にあったのは―――――
「貴方にですよ」
「……え……?」
 銀色の、シンプルな懐中時計。
「貴方、全然時間守らないから」
「……悪かったな」
「そう思うなら、反省して下さいね」
 クスクスと笑うと、天篷は手を伸ばして時計の入った箱を机に置き、その手をそのまま捲簾の首に絡ませた。
「HAPPY BIRTHDAY 捲簾」
「……あ」
「“あ”、じゃないですよ」
 クスクスと、天篷が笑う。今度は捲簾も一緒に笑って。もう小さな疑問など、どうでもよくなってしまった。
「プレゼントくれるって?」
「もうあげたじゃないですか」
「全然足んねェよ」
 顎に手をかけて笑う捲簾に、天篷は艶やかに笑って返した。
「今日だけですよ……」
「上等」
 そして、2人の唇が重なった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「悟空、三蔵」
「何?」「何だ」
「知り合いに、思い込みが激しくて勘違いしやすくて失礼な長身の黒髪・黒い瞳の男の人っていません?」
「「……はぁ?」」
 
 
 
 
 
 
 
 
後書きィ。
何をやってるんでしょうかね。
それ以前に天界の方々の誕生日っていつなんでしょうかね。
もし現世と同じだったらとんでもなく季節違いですし。
しかも『捲八書きます!』とか言っといて、これじゃあ捲天じゃあないですか。
ああ、力不足。
タイトルは、そのまんまの意味です。
お暇な方は調べてみてもイイかもしれませんね(苦笑)。
まったく、イラストが書けないんだから、せめて文章力が欲しい今日この頃です。
では華臣、例のごとく…………………………………………散ります(ぱぁん)。
 
 
 
 




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